大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)1015号 判決 1963年12月11日

原告

岡村源太郎

右訴訟代理人弁護士

奥田忠司

奥田忠策

被告

市川仙太郎

右訴訟代理人弁護士

久保泉

右訴訟復代理人弁護士

坂東平

主文

被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三五年三月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金三〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

「原告は昭和三四年五月一一日被告から、当時訴外鏡谷三次郎所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物と称す)を代金一八七万円と定め、内金一〇〇万円は同日原告から被告に支払い、残代金は後日被告が原告に対する所有権移転登記手続をなすと引換えに、支払う旨の約定で買受け、同日右金一〇〇万円を被告に支払つた。ところで、右契約はいわゆる他人の物の売買であるから、被告はその所有権を取得した上、これを原告の所有に帰せしむべき義務があり、現に右売買契約当時は、被告は右建物を競落し、間もなく競落許可決定がなされ、競落代金を支払うことによりその所有権を取得しうる状況にあつたのであるが、右建物はその後昭和三四年八月訴外原武に譲渡せられ、同人においてその頃所有権移転登記を経たものである。以上の如く、被告は原告に対し本件建物の所有権移転登記手続をしないので、原告は昭和三五年二月二四日到達の書面を以て、被告に対し、同月二九日残代金を持参して所有権移転登記をうくべく、所轄登記所へ出頭するから、被告は同日同所に出頭して所有権移転登記をされたく、万一同日までに履行がないときは右売買契約を解除する旨の意思表示をなし、同日原告は残代金及び登記費用の見込額合計百余万円を右登記所に持参したが、被告において遂に出頭しなかつたので、前記売買契約は同日限り解除せられた。よつて、原状回復義務の履行として、被告に対し前記一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三五年三月一九日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める」

と述べ、

立証(省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

「被告が原告主張の本件建物に関して、原告から金一〇〇万円を受領したことはあるが、それは原告主張の如く右建物の売買代金の一部として受領したものではない。即ち、被告は昭和三〇年一二月二〇日債権者木下徳三郎、債務者鏡谷三次郎間の大阪地方裁判所昭和二八年(ヌ)第一五七号不動産強制競売事件につき、本件建物を代金八七万円で競落し、同日保証金八七、〇〇〇円を同裁判所に納付したのであるが、右鏡谷は右競落期日の翌日たる同月二一日午前一〇時大阪地方裁判所において破産宣告を受けた。ところが、右競落については、許可決定も、不許可決定も、なされないままにいたが、その後満三年四ケ月を経た昭和三四年四月頃原告は鏡谷三次郎と共に被告方に来り、被告が有する右競落人としての地位を原告に譲渡してもらいたい旨の申出があつたので、同月二七日、原被告間に、被告は原告に対し右競落人としての地位を代金一〇〇万円で譲渡し、原告は被告に対し同日手附として金二〇万円を支払い、残代金は同年五月一日支払うこと、大阪地方裁判所に納付した競落の保証金八七、〇〇〇円の債権は被告から原告に譲渡すること、被告は右譲渡代金受領と同時に、被告から原告に対し所有権移転登記手続に要する必要書類を原告に交付する。被告は右地位を現在の状態において譲渡するものであるから、万一前記競落が不許可決定になつても、原告において一切異議を云わないこと、即ち右一〇〇万円については被告において返還義務を負わない等の約定をなし、被告は原告に対し右競落人としての地位を譲渡し、手附金二〇万円を受領し、更に昭和三四年五月一一日原告から被告に対し残代金八〇万円の支払があつたので、被告はこれと引換えに、登記に必要な委任状、印鑑証明及び競落権譲渡契約書を原告に交付したものである。また、未だ競落許可決定がない以上被告には原告に対し本件所有権移転登記手続をなすべき義務が発生していないのであるから、債務不履行を原因として本件売買契約を解除してもその効力を生じるに由ないものである」と述べ、

立証(省略)

理由

本件建物に関し、原告が被告に対し金一〇〇万円を交付したことのあることは当事者間に争がないところ、原告は右金員は原告が被告から本件建物を買受けた際の、売買代金の一部として交付したものであると主張するに対し、被告はこれを争い、右金員は被告が自己の有する競落人たる地位を原告に譲渡した対価として受領したものである旨主張するので、果して原被告間に原告主張の如き売買契約が締結せられたか否かについて審按するに、(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、訴外鏡谷三次郎はその一般債権者たる大島一馬から当庁昭和二八年(ヌ)第一五七号不動産強制競売事件を以て、本件不動産に対し強制競売の申立がなされ、同年一〇月七日付を以て競売開始決定がなされ、その後右強制競売の申立が取下げられた結果、木下徳三郎のため、開始決定を受けたと同一の効力を生じ、既存の手続を転用して、右手続が進行したのであるが、昭和三〇年一二月二〇日被告において右不動産を代金八七万円で競落したのであるが、右鏡谷においては翌二一日午前一〇時大阪地方裁判所において破産宣告を受けた。ところが、右鏡谷は全債権者の同意をえて破産廃止をうべく、原告にその金融上の援助を求め、破産廃止の上、本件建物で事業を継続しようとしたのであるが、原告及び右鏡谷等は破産が廃止になつても前記競売手続が進行を始めるときは、前記競落人たる被告、或はその他の者に本件建物の所有権が移転し、右建物の確保が不可能となるものと考え、被告に対し売却方を求めた(それが本件不動産そのものの売却であるか、前記競落権の売却であるかはしばらく措く)ところ、同年四月二七日、原被告間に原告が被告から同人が有する前記競落権を代金一〇〇万円で売渡す旨の契約が成立し、同日原告は被告に対し金二〇万円を支払い、残代金は同年五月一日に支払と同時に、右残代金支払と同時に、本件不動産の原告への所有権移転登記に必要な必要書類を被告から原告に交付する旨約したこと、そして、原告は同月一一日残代金八〇万円を支払つたので、被告は前記約旨に基き、右登記に必要な書類として、売買代金を金一〇〇万円とする本件不動産の売渡証書(甲第一号証)、委任状(同第二号証の一)に印鑑証明書(同第二号証の二)を交付したこと、被告に対する競落許可決定がなされ、被告宛に代金支払命令が到達した場合には、原告において保証金八七、〇〇〇円を控除した残代金七八三、〇〇〇円を裁判所に納付することになつていたことが認められ、(中略)他に右認定を覆するに足る確証はない。ところで、いわゆる競落権、即ち競落により取得した権利義務と雖も、一身専属的なものでないのみならず、これを競落期日までに譲渡しても、利害関係人の利益を害することもなく、特に競買人が代金支払の資力を失つた場合においても、譲渡を認めることにより再競売に移行するのを防止しうるものであるから、競落権を競落期日までに譲渡することを以て公序良俗に反する無効のものと解することはできず、右競落権の譲渡自体は有効と解するほかなく、譲受人が代金支払義務を引受けたことを証明すれば、裁判所は譲受人に対し競落を許可することができるものというべきであるが、前記認定事実、特に、原告が右譲受人として競落の許可を受けるものではなく、右許可を受け、且つその代金の納付をなすものは依然被告であつた事実に徴すると、原被告間の本件契約は形式的には競落権の売買なる名称を用いているが、これを実質的にみれば、被告が前記鏡谷三次郎所有の物件を競落してその所有権を取得し、原告にその所有権を譲渡すべき義務を負担する、いわゆる他人の物の売買たる性質を有するものと解するのを相当とする。ところが、(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、前記強制競売開始後、訴外鏡谷三次郎に対し破産宣告がなされ、その破産廃止前に、破産管財人において破産財団に属する本件不動産を訴外原武に売却し昭和三四年八月二八日付を以て所有権移転登記がなされていることが認められるところ、右強制競売は破産宣告により、破産財団との関係では、当然にその効力を失い、破産管財人は当該財産を自由に処分しうるものであり、破産廃止前に財団に関してなされた右処分はこれを破産者は勿論、債権者に対しても対抗しうるものであるから、被告においてはこれを取得して、原告に移転することは不能となつたものというべく、買主たる原告は民法第五六一条により前記契約の解除をなしうるものというべきところ、原告は被告に対し本訴を以て右売主の担保責任をも問うているものと解するのを相当とするから、右契約は本件訴状が被告に送達されたこと記録上明白な昭和三五年三月一八日限り解除せられたものというべく、被告は原状回復義務の履行として前記金一〇〇万円を返還する義務があるものといわねばならない。(もつとも、前記乙第二号証と被告本人尋問の結果によると、右一〇〇万円は前記競落が不許可になつた際にも、被告においてこれを原告に返還しない約定のあつたことが認められるが、その趣旨は、特段の事情の認められない本件においては、競売手続が順調に進行する場合を予想しているものであつて、それが効力を失い、その進行をみるに由ないような場合をも予想してなされたものではないと解するのを相当とするから、右手続が後記の如く破産宣告の結果、その効力を失つた本件においては、右約定の存在は未だ原告の右返還請求権の行使を妨げるものではない。)(のみならず、本件契約しが被告主張の如く競落権の売買であるとても、前記説示のとおり強制競売開始後に、破産宣告があると、右手続は破産財団との関係では、当然にその効力を失い、単に執行手続の中止にとどまるものではない(さればこそ、執行裁判所においてはその後も手続を続行せず、競落の許可、不許可決定をしていないものと解されるから、右売買がなされた当時には、被告主張の如き競落権なるものは存在せず、右売買はいわゆる原始的不能としてその成立をみるに由ないものであるから、被告は原告に対し前記一〇〇万円を返還する義務あること当然である)

そうすると、被告は原告に対し右金一〇〇万円及びこれに対する右解除の翌日たること記録上明白な昭和三五年三月一九日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、これが支払を求める原告の本訴請求はすべて正当として認容すべきである。

よつて、民事訴訟法第八九条第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。(裁判官大野千里)

目録(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例